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多田加助

松本市制百周年企画で行われている「籾は死なず」って何それ?主人公、多田加助(中萱加助)とは?どんな時代だったの?
そんなあなたの疑問にお答えします。

中萱村の庄屋だった多田加助。農民から年貢を徴収する役割もあった。
籾で1升だと、米より量が少なくなる。多少のごみが入っていい常態なら、もっと少なく済む。
ひき方によって、年貢の量が変わってくるのだ。

米俵1俵籾を5斗入れ、玄米にひくと、2斗5升というのが当時の標準だった。
それを、玄米3斗びきにして、水増し徴収しようとしたのだった。

だが、数年来の寺社建築などで財政が逼迫した松本藩は、年貢の割り増しを行おうとした。

年貢を徴収する立場の加助もこれには怒り、思いを同じくした庄屋や百姓と一緒に、藩に今まで通り2斗5升にするよう、願い出た。
が、聞き入れられず、とうとう一揆にまで及んでしまった。
その中心人物だったのが 中萱村の多田加助。

結局、一揆は抑えられ、重くて磔、所払いとなった者もいた。
中心人物、多田加助らは磔の刑に処されることとなった。

そのかわり、2斗5升にする、と加助に藩は約束したのだ。
だが、藩は甘くなかった。年貢は更に上がって、 3斗5升びきとなり、加助らはだまされたのだった。

刑場で、加助が「年貢は2斗5升だ!」と叫んで処刑された。
その時、城を睨んで傾いたという伝説も残っている。

参考:信濃の百姓一揆と義民伝説 他
多田加助
貞享騒動
貞享義民記念館
「籾は死なず」実行委員会

 
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